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大阪地方裁判所 昭和51年(ヨ)3772号 決定

申請人

田代了子

右代理人弁護士

加藤充

松尾直嗣

被申請人

社団法人大阪府工業協会

右代表者理事

廣慶太郎

右代理人弁護士

小長谷国男

今井徹

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

(申請の趣旨と申請の理由)

一  本件仮処分申請の趣旨は、「一、被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取り扱え。二、被申請人は、申請人に対し昭和五一年一〇月以降毎月二一日限り金一〇万六一〇〇円を支払え。三、申請費用は被申請人の負担とする」との裁判を求める、というもので、その申請理由の要旨はつぎのとおりである。

1  被申請人は、大阪府下産業の振興に寄与することを目的として、経営上必要な諸般の調査並びに研究・各種講習会の開催等の事業を行う社団法人である。申請人は、被申請人の従業員として、主に公害関係の法令・条例に関する説明会や講習会の企画・開催等の業務を担当していたものである。

2  被申請人は、昭和五一月八月一六日申請人に対し同年九月をもって退職を命じる旨の辞令を申請人に交付した。

3  しかし、申請人には解雇されなければならないような事由は全くなく、本件解雇は違法無効である。

すなわち、昭和五一年八月一六日、被申請人の小野田事務局長と中村庶務課長とが、足の捻挫のため欠勤中の申請人の自宅を訪れ、前記辞令を交付したのであるが、その辞令書には「協会事務局就業規則第一八条第二項、第三項、第三六条第一項、第四項、第八条第一項、第一七条第一項、第二項及び第二二条の規定に基き」解雇する旨が記載されていた。申請人としては解雇事由が皆目わからなかったので、その場で小野田事務局長らに対し、就業規則を見せて欲しいといゝ、また具体的な解雇事由について説明を求めたが、事務局長らは就業規則も見せず、何らの説明もしようとしなかった。

被申請人は、漸く、本件係争の過程を通じて、本件解雇の正当性を印象づけるために、申請人に、〈1〉無断欠勤や遅刻が多いこと、〈2〉独断専恣の行動が多いこと、〈3〉事務処理上ミスが多く他の職員に迷惑をかけたほか対外的信用を傷つけたこと、〈4〉申請人の保管責任にかかる重要書類を故意又は過失により散逸せしめたこと、〈5〉他の職員との協調性に欠けることなどを、実に様々な、また細かな出来事を持ち出して強調するが、いずれも、事実無根のことまたは些細なことを誇大にいうものであって、本件解雇を正当づける理由とはならないものである。

被申請人が申請人を解雇するに至った最大の原因は、主張のような事由にあるのではなく、職場における人間関係にあったと考えられる。

申請人は、本件解雇当時五五才の未亡人であり、非常に潔癖な性格の持主である。このような人物は、他の職員の目からみれば、融通のきかない、つき合いにくい人物と思われるかも知れない。身近かな例をあげれば、申請人は以前他の職員が、残業している申請人の傍らで、あまりにもひんぱんに大声をあげながら賭けマージャンをするのをとがめたことがある。

仕事の面でも長い間公害関係の仕事にたずさわり、相応の知識と経験を持った申請人が自分の専門分野で自己の主張を述べることが、上司の命令に従わないととられることがあったことも十分考えられる。

さらにまた、申請人は、被申請人の従業員となる以前大阪府の職員であり、府当局と関係が深いことから、申請人は何かあるとすぐ府の関係者にご注進に及ぶ、と被申請人の方では思っているようである。現に、昭和五一年五月七日申請人が小野田宅を訪れたとき、同人は「田代さんのおかげで商工総務課に一五センチメートルくらいの厚さの書類を書かされた。それを書くのに、毎日職員が遅くまで残るはめになった。みな田代さんのことをいいようには思っていないだろう。」などと、申請人には全く身におぼえのないことを持ち出していやみを言ったりした。

以上のような情況は、被申請人の事務局職員らが、申請人が職場にいない方が何かと都合がよいと思うようになっても不思議ではないことを物語っている。

小野田事務局長は、本件解雇に先立つ昭和五一年四月ころ、それまで公害関係の仕事に情熱を持って当ってきた申請人に対し、一方的に庶務係への配置転換を命じ、専ら案内状を封筒に入れる大きさに折るという単純作業のみを与え、公害関係の仕事を申請人から取り上げて、職場からの追い出しをはかったのである。このようにして申請人を甚しい精神的苦痛に陥れ、職場への情熱を失わせたのち、事を構えていよいよ決定的に申請人を排除しようとしたのが、本件解雇にほかならず、その違法無効なことは明らかである。

4  申請人は、従前毎月二一日被申請人から一〇万六一〇〇円の賃金を支給され、右賃金を唯一の収入源としてきた労働者であって、被申請人からの右賃金収入を失っては生活していけないので、本件仮処分申請に及ぶ。

(疎明された事実)

二 本件において、被申請人が昭和五一年八月一六日その職員たる申請人に対し同年九月(末日)をもって解雇する旨を通告したことは当事者間に争いがないところ、疎明資料によれば、おゝむねつぎの事実が認められる。

1  被申請人社団法人大阪府工業協会は、昭和二四年一二月大阪府の要請に基づき府の商工施策推進に協力するとともに、府下全域の産業振興を図ることを目的として設立された工業経営者の団体で、現在事業会社一三〇〇余社、関連団体五〇余が加盟している。協会には、協会を代表し会務を総理する会長のほか、副会長、理事、監事といった役員が置かれているが、これら役職はいわば名誉職で、会の事業運営は、専務理事一名、常務理事若干名によって掌理される。被申請人協会には、現在総務、企画、労務対策、金融税務対策、公害対策、企業合理化対策等九つの委員会が設置され、各委員会で決定された事業計画の遂行及び事務処理は、理事会の監督下にある事務局で行われているが、この事務局長は、かねてから業務執行権者たる専務理事の小野田茂が兼務している。

申請人は、大正九年四月生れの女性で、以前から肩書住所地(略)で地域の未亡人会々長をしており、そういった関係もあって推せんする人があって、昭和三八年頃、当時大阪府の公害室に事務所を置いていた任意団体「産業公害研究会」の職員となり、昭和四六年一〇月、同研究会が被申請人に吸収合併された際被申請人の事務局職員(書記補)となった。

2  被申請人が申請人をその職員とするについては、つぎのようないきさつがあった。

産業公害研究会については、すでに昭和四三年頃、大阪府公害室から被申請人の役員に対して、右研究会を合併してより幅広い公害防止活動を推進してほしい旨の申入れがあり、その後合併実現の見通しがついた昭和四四年六月、産業公害研究会は、合併を前提に事務所を被申請人事務局内に移転し、当時専従職員であった申請人及びいま一人の女性職員の指導監督並びに研究会の経費収支に関する決裁事務を被申請人事務局長小野田茂に委嘱した。こゝに小野田事務局長は、合併までの二年四カ月間にわたり申請人の勤務態度を観察する機会を得たわけであるが、小野田の眼からみると、申請人の勤務態度は被申請人協会の職員や公害研究会のもう一人の職員に比して劣悪で、かつ申請人は、自分は産業公害研究会の職員であり、小野田は本来自分の上司ではないという立場から、監督指導を委嘱されている小野田に対し指示決裁を求めることをしないで独断専恣の事務処理をすることが多かったため、小野田は、産業公害研究会を合併する以前から、たとえ同研究会を合併するにしても申請人を被申請人の職員として引継ぐことは困る、と考えていた。ところが、いよいよ産業公害研究会の合併が本決りになった際(そのころ、いま一人の研究会の専従職員は退職し、同研究会の職員としては申請人一人が残っていた)、大阪府の関係当局者らから、小野田事務局長らに対し、申請人は府議会の有力者からの働きかけがあって同研究会の職員になったものであること、そういった関係からなんとか被申請人協会の職員として引継いでもらいたい旨の強い要請があったため、被申請人も右要請を容れて申請人を引継ぐことにした。そして、小野田事務局長から、申請人に対し、従前のような勤務態度では困る、今後は協会の職員としての自覚をもって働いてもらいたい旨を伝え、一般に職員の新規採用に当って徴求する「服務規律、上長の指示命令に従って誠実に勤務する」等の誓約事項を記載した誓約書及び身元保証書を提出させて、申請人を書記補として採用した。

3  被申請人協会の職員となったのちの申請人の担当職務は、主として公害対策委員会の所轄事業に関する事務で、具体的には公害防止関係法令に関する解説資料の作成、研究会の開催、あるいは産業廃棄物処理施設の見学会等右委員会で決定された年間事業計画を実現するために、府の公害室等関係機関に出向いて資料の提供を受け、あるいは専門家の紹介すいせんを得て、適任者に原稿を依頼したり講演を委嘱する等の事務、見学先企業との折衝事務、会員企業に対する右各事業の案内、会場の設営、資料作成その他の一般事務で、申請人は、これらの事務を、産業公害研究会が合併された際被申請人が新たに採用した清水という男子職員と二人で分担した。

ところで、公害関係の事務は前示のような経過から被申請人の従前からの事務職員にはなじみが薄いものであるのに対し、申請人は産業公害研究会の職員として数年間府の公害室にいた関係から、府の関係部局や関係企業の担当者らにそれなりの人的つながりを持っており、被申請人協会の職員となってからも、公害関係の事務は自分にしかわからない、といった自負心を抱いて行動した。このため、申請人の言動は、被申請人事務局内部の意向をきくというよりもとかく府の公害室関係者の方により目を向けているものと受取られ、「自分でなければ、自分なればこそ、という意識が強過ぎる」「組織の一員としての自覚がない」「上司の指示命令を無視して独断専恣の行動が多い」といった評価を招き、また「申請人の事務処理にはミスが多く、その結果他の職員が迷惑する」という不満が部内に生れて次第に他の職員らからも疎んぜられるようになった。

4  被申請人が申請人を右のように評価し、協会の職員として不適格と判断するに至った具体的事由とこれに対する被申請人側の対応等はつぎのようなものであった。

(イ)  被申請人は、大阪府から毎年補助金の交付を受けている関係で、府に対して事業内容及び会計について報告義務を負い、その指導監督を受ける立場にあるが、申請人は在職中府の監督部局に対し被申請人の未確定予算書、決算書のコピーを持ち込んだり、客観的根拠もないのに、被申請人協会の小野田事務局長らに会計処理上の不正があるかのような投書又は申告を再三度にわたって行い、このため府の担当課員が事情を聴取すべく協会に来たり、事務局長が協会理事から職員たる申請人に対する監督不行届の責任を問われることがあった。

(ロ)  申請人はその担当事務に関して他の職員から手出しされることを嫌い、横の連絡を取らないために、申請人不在のときは会員からの問い合せその他について他の職員には全くわからない、といったことが多く、事務処理の円滑を欠いた。

(ハ)  昭和五〇年九月末、被申請人は「大気汚染防止資料(メーカー並に民間分析センター案内)」という標題の下に、公害防止機器メーカー等から協賛登載料をもらってメーカーリスト(以下「資料」という)を作成し、これを第三種郵便物の承認を受けている協会発行の機関誌「商工振興」の増刊号として発行した。申請人は右資料の発行事務全般を担当したが、申請人の事務処理にはつぎのような問題があった。

〈1〉登載料の徴収事務がずさんであったため、協賛メーカーに対して二重請求して「協会の会計事務は一体どうなっているのか」というクレームを受けたり、入金があったか否かが不明となって、支払の有無を照会する等、数社についてトラブルを生じ、被申請人の対外的信用を傷つけるとともに、他の職員が点検調査等の事後処理に二、三カ月手をとられることになった。

〈2〉徴収した登載料金を整理のうえ会計係へ引き渡さないで、自己名義の預金口座に保管するという方法をとっていた申請人は(なお、このような取り扱いは、他の職員にも例がある模様である)、事務局長から資料印刷代金について支払許可の決裁を受けながら、印刷業者からの請求書を会計係へ引きつがず、独断で印刷代金の一部だけを支払い、残金の支払を延引していたため、事務局長においては当然支払ずみだと思っていた代金について、印刷業者から督促を受けることになった。

〈3〉右資料は、「商工振興」の増刊号として発行するものであるから(この取扱いは、郵送料負担の軽減をはかる趣旨に出たものであって、資料の内容自体当然に右機関誌としての内容体裁を持つものではないが)、右資料の印刷に際しては、おもて表紙のみならず裏表紙にも「昭和25年7月31日第三種郵便物認可」なる記載をしなければならないのに、申請人はこの裏表紙記載をしないで印刷してしまった。申請人担当で昭和四七年一二月に発行した同種資料でも同様のミスをして、取扱い局である大阪東郵便局から注意されたいきさつもあって、右資料の発送に際して見本を検査した同郵便局は、再度のミスということで被申請人の責任者に出頭を求めたうえ、口頭及び書面で厳しく注意し、場合によっては第三種郵便物としての認可を取消す、と警告した。このため被申請人協会では、同郵便局に対し会長名で始末書を提出し第三種郵便物としての取扱いを承認してもらったが、事務局長から注意を受けた申請人は「郵便局の担当者はしんまいで何もわかっていない。」というような反撥をして反省のいろを示さなかった。

〈4〉事務局長は、右資料印刷中から申請人に対しあらかじめ発送用封筒の準備をしておくよう指示していたのに、準備が遅れて間に合わなかったうえ、職員全員が手伝っていよいよ発送準備に取りかかってみると、発送部数の書き違い、宛名の重複、脱漏など発送通数一五〇〇通のうち約七〇〇通のミスが他の職員によって発見され、その補正に他の職員が手をとられる結果となった。これについて、事務局長が申請人に注意したところ、申請人は「宛名カード」が悪いなどと弁解して自己の非を認めなかった。

(ニ)  申請人は昭和五〇年一一月一四日実施の製鉄化学工業株式会社西宮工場下水終末処理場の見学会を担当したが、申請人作成の案内文の起案に目を通した小野田事務局長が参加費を一名につき三〇〇〇円とするよう指示したのに、事務局長の事前の了解をとることなく、独自の判断で一名二五〇〇円として、案内状を印刷発送してしまった。

(ホ)  被申請人事務局職員の出欠勤については、備付けの出勤簿によって記録されているが、これとは別に小野田事務局長が職員に対する年末一時金支給の参酌資料とするため、各職員が朝九時の始業時刻および昼の休憩後午後一時の始業時刻に一五ないし二〇分以上遅刻した回数について私的にとっていたメモによると、年度によって退職その他で変動があるが、七名ないし一〇名の全職員のうち一般の職員が少いものは年間〇回、多いものでも六、七回の遅刻回数であるのに対し、申請人は、昭和四八年は三二回、同四九年は一二回、同五〇年は二一回、同五一年は本件解雇までに二八回を記録した。

(ヘ)  小野田事務局長は、かねて申請人の事務処理にはミスが多く、勤務態度もそのまゝに放置することは他の職員の志気にも影響するとの判断から、申請人のプライドを傷つけないように配慮しつゝその担当事務を減らし、昭和五〇年度は、前記大気汚染防止資料の作成と製鉄化学工業株式会社西宮工場の見学会の実施事務などわずかに二、三の事務を担当させたのであるが、その事務処理にも前示(ハ)(ニ)のような問題が出てきたため、いよいよ何らの措置もとらないまゝで申請人を職員として置いておくことはできないと考えるに至った。またそのころ、理事会でも申請人を退職させるべきではないか、という意見もあって、小野田事務局長は、昭和五〇年一二月下旬ころ、ひそかに申請入を事務局別室に呼び、「申請人の両親立会いを得て退職を勧告したい意向である」旨を伝えた。これに対し、申請人は退職勧告を拒絶する意思を表明した。そこで小野田は「もしこのまゝ在職を希望するのであれば、けじめをつける趣旨で始末書を提出して欲しい。始末書を提出してくれるなら、自分が責任をもって他の役員らの諒解を取りつける」旨申入れた。これに対しては、申請人は二、三日待ってくれと返事したが、年が明けても何らの応答をせず、昭和五一年一月一九日ころ、小野田が再度始末書の提出を促したのに対し、これを明示的に拒否したので、小野田は、もはや他の職員に内密にけじめをつけることは不可能と判断し、同月三一日専務理事名をもって申請人をけん責処分に付することとし、同日全職員の面前で「あなたは上司の指示に従はず、事務処理上において再三に亘り重大な失態を重ね、著しく協会の威信を失墜し、他の事務局職員の面目をも傷つけ、あまつさえ(中略)自分の犯した失態に対し毫も反省のいろなきものと認めざるを得ず、(中略)斯くては事務局規律、秩序の維持に支障を来す虞あり(以下略)」云々と記載した「けん責書」を読みあげて戒告した。

(ト)  右けん責処分後申請人の勤怠状況は一層悪化した。すなわち、事務局長は、昭和五一年四月一日付で申請人に対し同年一月退職した嘱託職員大塚某の庶務係の仕事を引き継がせ、職務の担当換えを行ったが、申請人は四月三日に一日出勤しただけで同月中のその余の出勤日全日を欠勤し、引き続き五月八日まで欠勤した。

被申請人協会の就業規則では、職員が年次有給休暇をとろうとするときは、あらかじめ事務局長に届出をしなければならないことになっており(就業規則八条一項)、また病気又は事故で休む場合も事前に届出るを原則とし、その暇がないときは事後遅滞なく届出ること、病欠が七日以上に及ぶときは医師の診断書を提出しなければならないことになっているが(同第二二条)、申請人は右欠勤に関し何らの届出もしなかった。

このため、小野田事務局長は、もはや解雇しかないと考えていたところ、同年五月七日夜九時ころ申請人が小野田をその自宅に訪ね、これまでの勤務態度を反省する旨を述べ、週明けの九日から出勤すると告げたので、小野田は、当分は他の職員の反応にも冷たいものがあろうが職務に精励してもらいたい旨を話して申請人を許容した。

五月九日から申請人は出勤し、主として発送用印刷物を封筒に折り込む作業等に従事していたが、七月一九日ころから再び欠勤が多くなり、同月二八日以降またまた無断欠勤が継続した(申請人本人は、七月二八日の朝事務局へ電話して身体の調子が悪いので欠勤する旨電話したというが〈証拠略〉に照して措信できない。)。

5  本件解雇予告とその後の事実経過はつぎのとおりである。

小野田事務局長は、以上のような経過にかんがみて、申請人には改悛の情認め難しとの判断から、八月一二日付で協会会長及び総務委員長の決裁をとり、同月一六日中村庶務課長を同道して申請人方を訪れ、申請人に対し前記決裁書を示し、「無断欠勤を重ねているのは退職覚悟の上のことと考えるが、協会としては解雇せざるを得ない。もっとも任意に退職届を出すなら依願退職扱いにして、この辞令は撤回する用意がある。あなたも婦人会の役員などしておられる立場上、解雇ということでは困られる点もあろうからの進言である。また就業規則に照せば、当然懲戒解雇に該当するが、それでは退職金不支給等の不利益を伴うので、通常解雇にとどめるものである点を十分考慮されたい」と説明し、申請人主張のとおり就業規則の条項を列記したうえ「本年九月(末日)をもって退職を命ずる」旨を記載した会長名義の辞令を交付した。これに対し、申請人はその場では何らの応答も質問もしなかった。

当時申請人は八月一一日ころ右足を捻挫したこともあって欠勤していたのであるが、右解雇予告を受けたのちの八月二九日ころからは右手人さし指に疽(ひょうそ)ができて更に欠勤を続けた。その間事務局長は申請人に対し事務引継ぎのため出勤を督促していたところ、申請人は漸く九月一四日に診断書を持って出勤し、以後一、二日の欠勤を除いて同月二七日まで協会に出てきたが、この間仕事らしい仕事はせず、事務局長が求める事務引継ぎも円滑には行われなかった。またこの段階で、申請人の責任で保管されていた産業公害研究会当時の金銭出納帳、理事会議事録その他の関係書類に相当数紛失しているものがあることが判明し、被申請人側は申請人の書類保管のずさんさを改めて問題にするに至ったが、結局その所在ははっきりしないままに終った。

被申請人としては完全な事務引継ぎを待って退職金を支給する方針であったが、申請人が九月二八日以降出て来なくなったため、同年一〇月一三日申請人に対し簡易書留郵便により退職金規定に基づく退職金四九万八〇〇〇円を小切手で送付したが、申請人が解雇の効力を争ってその受領を拒絶したため、同年一一月六日大阪法務局に右退職金を供託した。

なお、申請人はこれに先だつ一〇月七日本件申請代理人の加藤弁護士とともに被申請人協会に出向き、本件解雇の理由を問い質そうとしたが、小野田専務理事が不在であったため、満足すべき説明を受けられなかった。

(本件解雇予告の効力)

三 以上の事実が一応認められ、これに基づいて以下本件解雇(予告)の効力について考察する。

本件において申請人の主張するところは、本件解雇はなんら正当事由のない解雇であり、権利の濫用であって違法無効である、というにあるが、使用者の解雇権行使が直接法律、労働協約、就業規則に抵触する場合は勿論、これに直接抵触しない場合であっても、何らの合理的理由もなく恣意的に行使される場合は、労働法秩序の理念に照して権利の濫用として違法無効と解すべきである。

本件についてこれをみるに、被申請人協会の就業規則(疎甲第二号証)は、その第五章「採用、休職、退職、解雇及び定年」の項において、解雇についてつぎのとおり規定している。右のほかに通常解雇に関する別段の規定は見当らない。

第三六条 会長は職員が次の各号の一に該当するときは解職を命ずる。

1、能率が低いため就業に適しないと認めるとき

2、懲戒処分により解雇を決定したとき

3、一身上の都合により欠勤が引き続き六〇日以上に及ぶとき

4、疾病その他の理由により著しく業務にたえないと認められるとき

右規定のうち被申請人が本件解雇予告辞令に掲記しているのは一号及び四号(辞令書で一項又は四項といっているのは誤記と認められ、その他の条項の引用にも同様の誤用が認められる。)であるが、被申請人はさらに、これのみでは十分でないと考えてか服務規定に関する一八条二、三号、八条、一七条一、二号、二二条を挙げている。

そこで申請人がこれらの規定に該当するか否かについて考察するに、昭和五〇年九月末の資料発行に関してみられる入金処理のずさんであること、発送準備が指示どおりできなかったり、発送部数の確認ミス、宛名書きの不完全等は、申請人の事務処理能力の低いこと、ひいて作業能率の低劣であることを窺わせる事由であって、これに本件解雇予告後に発見された申請人保管書類の散逸等の事実を合せ考えると、申請人が前示就業規則三六条一号に該当すると評価されるのもやむを得ないところといわなければならない。

就業規則一八条は、職員は次の各号に該当する行為をしてはならないとして、「協会の名声および信用を傷つけるような行為をなすこと」(二号)、「業務上の機密事項または協会の不利益となる事項を他に洩らすこと」(三号)を挙げているところ、申請人が、未確定の予算書決算書を府当局に持ち込んだり、協会の会計処理に不正があるかのような投書・申告を府当局にした行為は右一八条二、三号に該当する。また、前記資料発行の際の大気汚染防止機器メーカー数社に対する登載料の二重請求や入金についての問い合せ、第三種郵便物としての取扱いをしてもらうための郵便局とのトラブル、印刷業者に対する代金の支払遅滞等は、いずれも申請人の事務処理上の過失または不手際に基づくものではあるが、やはり一八条二号に該当するものと解することができる。

就業規則一七条は、職員は服務に当って次の事項を守らなければならない、として「上司の指示に誠実に従い、同僚相敬愛し、互に協力すること」(一号)、「規律を重んじ秩序を保つこと」(二号)その他を定めているところ、申請人が昭和五〇年一一月一四日実施の下水終末処理場見学会の参加費を事務局長の指示に反して独断で切下げた行為、前記資料発行に際して請求代金全額について支払決裁を受けながら、独断で一部支払をした行為、自分の担当職務について他の職員の口出しを嫌い、同僚との連絡疎通を欠いて事務処理の円滑を阻害する傾向があったことなどは右一七条一号に違背するものであり、遅刻回数が他の職員に比してかなり多い点(前示遅刻回数は事務局長の私的メモに基づくもので直ちに客観性をもつものではないが、一応申請人が他の職員より遅刻する回数が相当多かったことは認められる)は、同条二号に違背するといえる。

また就業規則八条、二二条の定めに違反して、申請人が無届欠勤を重ねたことは、さきに認定したとおりである。

してみると、被申請人が解雇予告辞令書に掲げた就業規則一八条二、三号、一七条一、二号、八条、二二条に違反又は該当する事由は認められるわけであるが、これら服務規律違反は解雇に関する前示就業規則三六条に直ちに該当するものではない(同条四号にいう「その他の理由」に当然に当ると解するには疑問がある。けだし、「……により業務にたえないと認められるとき」という文言からすれば、四号は疾病その他の職員の責めに帰すことのできない事由を掲げていると解されるからである。)

しかしながら、被申請人協会の就業規則四七条は懲戒解雇理由として、「第三章の服務規律に違反しその程度重大なもの」(一号)、「正当な理由なく一ケ月の内無届欠勤一四日以上に及んだもの」(五号)、「故意又は重大な過失により協会に損害を与えたもの」(六号)、「業務命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだしたもの」(七号)、「その他前各号に準ずる行為のあったもの」(八号)等を列挙しており、申請人の前示行為はこれらのうち少くともいずれかに該当すると思われるところ、懲戒解雇事由に該当するものを、通常解雇の手続で解雇することを許さない趣旨でないことは明らかであるから、解雇一般に関する三六条に明文がなくても、懲戒解雇事由に当るほどの服務規律違反のあったものを解雇することは、何ら三六条に抵触することなく許されるといわなければならない。

また、前示疎明事実から明らかなとおり、本件解雇は申請人の上司同僚に対する日常の非協調的言動が理由になっている。一般事務職におけるある程度の協調性は、職場の人間関係を円滑にしていくことが事務処理の円滑向上につながることにかんがみて、労働者に求められる不可欠必須の要件といわなければならないが、申請人にはこの協調性が性格的に欠けるところがあり本人の努力によってこれを補うこともむつかしい面があったと認められ、これは就業規則三六条四号に該当するとみることができる。被申請人が解雇事由として右三六条四号を掲記した理由の一つは、右のような趣旨にあると解されるのである。

以上の考察によると、本件解雇予告はむしろ正当な事由に基づくものと認められ、申請人の主張は理由がないといわなければならない。

ただ、本件においては、右のように結論する上で、なお多少問題になる点がある。以下主要な問題点二、三について考察を加えることにする。

その第一は、申請人の事務処理能力の低劣とか金銭の取扱いのずさんであること、あるいは独断的処理を問題にするときは、小野田事務局長ら幹部職員の指導監督の不行届が当然問題になるのではないかという点である。この点、例えば昭和五〇年九月の資料発行に際しての登載料徴収をめぐる不手際とか印刷代金支払をめぐる過誤の如きは、被申請人協会の金銭出納の管理体制が整備されていたら防止できたと思われるし、第三種郵便物認可の記載脱漏によって生じたトラブルの如きも小野田らにおいて校正刷の段階で目を通していたら防止できた可能性があり、仮に目を通しながら看過したものだとすればひとり申請人の責任とばかりはいえないことになる。このように、小野田ら幹部職員の指導監督の不行届が申請人の事務処理上のミス、あるいは独断専行を誘発していることは間違いない。しかしながら、これら幹部の指導監督上の落度は対外的責任を考える場合には当然問題にすべき点であるとしても、ことは内部関係における責任問題であって、申請人の事務処理上の非能率ないし不手際はこれを否定すべくもない以上、幹部職員に管理体制上の落度があったことをもって内部的責任を減殺することはできないのである。

第二は、申請人の非協調的言動ないし性格を問題にするとき、職場における人間関係はまさに相互間の相関関係であって、小野田事務局長をはじめとして他の職員らの申請人に対する態度が、申請人をして必要以上にかたくなな態度をとらせ、内部に対してよりも府の当局者へ目を向けさせるようなものであったのではないかという点である。当裁判所も、本件審理を通じてそういった側面のあることは否定できない、という心証を得た。しかしながら、申請人が被申請人の職員として採用されるに至るまでのいきさつに照すと、被申請人協会に従前からいる職員が申請人に対しはじめ敬愛の念をもって応接しなかったとしても、やむを得ないところであったと思われ、申請人が被申請人の職員となったのち五年を経ても、なお職場において円満な人間関係を築くことができなかったとすれば、やはり申請人の協調性の欠如を推認せざるを得ないのである。

第三は、申請人が無断欠勤を重ね、あるいは出勤しても仕事らしい仕事をしなくなったのは昭和五一年に入って、それも主として四月一日以降であるが、これは、一月末に小野田事務局長が他の職員の面前で申請人に対し「けん責書」を読みあげ、さらに四月一日付をもって申請人の担当職務を公害対策関係の事務から単なる庶務へ変更し、これによって、申請人をして職場に居ずらくし、あるいは仕事に対する情熱を失わせた結果である、と考えられるが、果して小野田が専務理事名をもってした右けん責処分及び職務変更は許されるのか、もし、これらの処分や措置が許されないものだとしたら、その後の申請人の無断欠勤や就労態度の悪化をもって解雇事由とすることはまさに解雇権の濫用になるのではないか、という点である。

右のうち小野田が「けん責書」を読みあげたという点について言えば、小野田の主観において申請人をけん責処分に付す意図があったとしても、これは処分としての「けん責」には当らず、法的効果を持つものではない。けだし、被申請人の就業規則四四条は懲戒処分として、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四つをあげ、「けん責は始末書を取り将来をいましめる。」と規定し、同四五条は「けん責は第三章の服務規律に違反しその程度軽いときに行う。」と規定しているほか、第四八条では「会長は職員を懲戒処分にしようとするときは、懲戒委員会を設けてその委員会の議を経てこれを行う。」と規定しているのであって、右四八条所定の手続を経ず、専務理事名で、かつ始末書を取らないで行われた「けん責書」の読みあげが、懲戒処分としてのけん責に当らないことは明らかである。また、あえて全職員の面前で「けん責書」を読みあげたという点で、そのやり方に当不当の問題が残る余地はある。しかし、右小野田の処置をもって直ちに違法とまでは言えないであろう。なぜなら、主として昭和五〇年度の担当事務に関する申請人の失態について、申請人自身あまり反省のいろを示さず、任意の始末書提出もしないという情況に対面して、事務掌理者であり、職員の指導監督責任者である小野田が、正規の懲戒処分としてではなく、その指導監督権に基づき、職場規律の保持のためとった戒告行為としてみることができ、それ以上に申請人に不利益効果を及ぼさない事実上の処置であるかぎりは、これを違法というに由ないからである。そして、本件において、申請人が指導監督権に基づく右のような戒告を受けたのは、やむを得ないところといわなければならない。

つぎに担当職務の変更についてみるに、申請人の担当していた公害対策関係の仕事は、高等学校卒業程度の知識と素養があれば誰にでも処理できるいわゆる一般事務であると認められ、申請人本人がいうほどに専門的知識経験を必要とするものではない。四月一日以降申請人が服務を命じられた庶務の仕事というのは、印刷物を発送用封筒に折り込むといった単純かつ雑務的仕事であったことからすれば、従前の職務内容に比べて、なるほど、やり甲斐の少い仕事で、この職務内容の変更は申請人にとって不利益変更の感を強く抱かしめるものであったことは想像に難くないところである。しかし、新旧両職務の間には、客観的にみれば、専門職から雑役へという程の開きはなく、また、当時の被申請人事務局の職員構成のうえで申請人は職務上最も低い方の地位にあった、という疎明事実にかんがみると、事務局長が、前年度問題の多かった担当職務からはずして申請人を欠員の生じた庶務係へまわしたことに、別段違法不当を問題にすべき点は見当らない。

このようにみてくると、その後における申請人の連続的無断欠勤ないし不精勤は、やはり服務規律違背として評価せざるを得ないことになる。

以上多少問題になりうる三点について考察したが、いずれも本件解雇の効力に影響を及ぼすものとは認められず、他に特に問題にすべき事由は見当らない。

(結語)

四 以上の次第で、結局本件解雇予告を違法無効と解すべき事由は見当らず、むしろ有効とみるべきものと認められ、本件申請は、その余の点について判断するまでもなく、被保全権利について疎明がないというほかない。また、事案の性質上保証を立てしめて疎明に代えさせることも相当でないから、本件申請を却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 香山高秀)

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